企業ロゴ/サービスロゴを社内で制作するときに必要な検討プロセス
企業ロゴやサービスロゴを社内で検討で進めていく場合は、デザイン案を考える前の情報整理で結果が大きく変わります。
社内デザイナーとして企業ロゴやCI・VIの制作を任されたとき、最初にIllustratorを開いてはいけません。
もちろん、最終的にはデザインをつくる必要があります。しかしCI・VIのプロジェクトで本当に難しいのは、ロゴを描くことよりも、「そもそも、何をデザインすべきなのか」を企業の中で明確にすることです。
経営者は「これからの会社を表現したい」と考え、営業は「これまで築いてきた顧客との信頼を残したい」と考える。人事は「採用市場で魅力的に見せたい」と考え、現場は「自分たちらしい仕事を失いたくない」と考える。それぞれの意見には、それぞれの立場から見た合理性があります。
問題は、これらの意見を整理しないままデザインを始めてしまうことです。
最初は「革新的なロゴにしよう」と言っていたのに、経営会議では「もう少し堅実に」、営業からは「既存顧客が不安にならないように」、人事からは「若い人にも好かれるように」と要求が増えていく。その結果、デザイナーは修正を繰り返し、最終的には「誰にも嫌われないけれど、何も伝わらないロゴ」に近づいてしまいます。
こうした問題を避けるためには、デザインの前に問題を正しく理解し、関係者から情報を集め、課題を定義し、判断の基準をつくる必要があります。国際的なデザインエージェンシーにおいても、問題を理解する段階と解決策をつくる段階を分け、調査・定義・開発・検証を繰り返す考え方が基本になっています。
檸檬デザイン事務所でも、CI・VIはこの順序で考えるべきだと考えています。
デザインの前に、判断をつくる。
これが、社内デザイナーがCI・VIを成功させるための基本です。
・社内の誰を、どの段階で巻き込むべきか
・企業の情報をどのようにブランドの判断軸へ変換するか
・部署ごとの意見が割れたとき、どう整理するか
・社員の意見を「人気投票」にしない方法
・デザインレビューを「好き嫌い」から切り離す方法
・完成したCI・VIを組織に定着させる方法
この記事で扱うのは、ロゴの描き方やIllustratorの操作方法ではありません。社内デザイナーが、CI・VIプロジェクトそのものをどのように設計するかです。
STEP 1|最初に「誰が決めるか」を決める
CI・VI制作で最初に決めるべきなのは、ロゴの方向性ではありません。
誰が情報を提供し、誰が議論し、誰が最終的に判断するのかを確定させましょう。
社内プロジェクトでは、ここが意外と曖昧になっています。「社内の意見を広く聞きましょう」という方針は一見すると正しそうですが、意見を聞くことと、意思決定に参加することは同じではありません。まず、意思決定の構造を明確にします。
たとえば、社員100人からアンケートを集めたとしても、その100人にロゴの最終決定権があるわけではありません。反対に、経営者一人だけで決めればよいわけでもありません。経営者は事業の未来について重要な判断をしますが、顧客との接点や社内文化については、別の社員がより具体的な情報を持っている場合があります。
だからこそ、最初に役割を分けます。
最終責任を持つ人は誰?
(例:事業部長(1人が望ましい))
情報・経験を提供するのは誰?
(例:私と、各部シニアディレクターの計5名)
情報を形へ変換できる人は誰?
(例:UIデザイナーの◯◯さん)
この3つを分けて考えるだけでも、「社員から意見を集めたのに、最後は社長の一言ですべて変わった」という状況を避けやすくなります。特に重要なのは、デザイナー自身が最終決定者ではない場合、その事実を最初から明確にしておくことです。
(例え5人に満たない小さなチームでも役割を明確にしましょう。上司から「全部まかせた!」と言われても、絶対に役割をつくって関係者を巻き込みましょう。)
デザイナーはブランドの専門家として「こう考えるべき」という提案をできます。しかし、ブランドは企業の経営資産なので、最終的な責任は経営側にあります。一方、経営者がすべての造形判断をする必要もありません。
この境界を曖昧にすると、「社長が気に入らないから修正」「営業部が好きではないから修正」という、判断基準のない修正が発生します。したがって、プロジェクトの開始時点で、少なくとも次の3点を確認します。
決める人は?・・・誰が最終承認者なのか。
意見を出す人は?・・・誰から情報を集めるのか。
つくる人は?・・・誰がデザインを担当するのか。
これは事務的な確認ではありません。
CI・VIプロジェクトにおける最初のデザインです。ブランドを誰の責任で決めるのかという構造そのものを設計しているからです。
部署の意見が割れたときは「理由」を整理する
もしも社内の意見が全然違っても、それは深刻な問題ではありません。
経営層、営業、開発、人事、広報では、そもそも見ているものが違います。経営者は将来の事業を見ているかもしれませんし、営業は顧客との関係を見ています。人事は採用市場を、開発部門は技術的な強みを見ているでしょう。意見が違うのは当然です。
大切なのは、「どちらが正しいか」ではなく「なぜそう考えるのか」を整理することです。
「新しいロゴにしたい」という意見の背景には、会社を若返らせたいという意図があるかもしれません。一方、「今のロゴを残したい」という意見の背景には、長年の顧客から得てきた信用を失いたくないという意図があるかもしれません。
表面的には正反対の意見でも、その理由まで掘り下げると、両方を満たすべきブランド課題が見えてくることがあります。
複数の立場をプロジェクトの早い段階から巻き込み、異なる専門性や視点を一つの議論に入れることは、大規模なブランド変革でも重視されています。重要なのは全員を同じ意見にすることではなく、異なる意見を持った人たちが、同じ目的に向かって判断できる状態をつくることです。
檸檬デザイン事務所の視点
「みんなで決める」と「みんなの意見を聞く」は違う
CI・VIでは、全員の意見を同じ結論にする必要はありません。 重要なのは、誰がどの責任で判断するのかを明確にし、その判断に必要な情報を集めることです。
STEP 2|デザインの前に企業の「事実」を集める(社内ヒアリング等)
意思決定の構造が決まったら、次は企業を理解します。ここで行うリサーチは、競合企業のロゴを並べたり、InstagramやBehanceでかっこいいデザインを探したり、Pinterestで参考画像を集めたりすることではありません。
スマホは置いてください。社内を見回して、キーパーソンを炙り出し、時間を確保してもらい、ヒアリングを始めましょう。
企業が何者で、なぜ顧客から選ばれ、何を大切にして仕事をし、これからどこへ向かおうとしているのかを確認することです。
ブランドデザインのリサーチでは、最初から一つの答えを想定しないことが重要です。企業側の認識だけを調べるのでも、顧客だけを見るのでもありません。複数の視点を集め、そこに共通するものと、食い違っているものの両方を見つけます。
檸檬デザイン事務所では、少なくとも次の5方向から情報を集めることをおすすめします。
何を目指しているのか
何で選ばれているのか
外からどう見られているのか
どのように仕事をしているのか
たとえば経営者に「御社の強みは何ですか?」と質問すると、「技術力です」「顧客との信頼関係です」といった回答が返ってくるでしょう。しかし、そこで終わってはいけません。
「その強みが具体的に表れた仕事は何ですか」「顧客からどんな理由で選ばれていますか」「競合ではなく御社に依頼するのはなぜですか」と掘り下げていくと、抽象的な企業理念の裏側にある具体的な行動が見えてきます。
逆に、社員へのヒアリングでは「この会社らしいと思った出来事はありますか」「入社してから意外だったことはありますか」「5年後にも残してほしいものは何ですか」と聞いてみる。顧客に接する営業担当者なら、「顧客からよく褒められる点」「競合と比較されたときに負ける点」などを聞いてもよいでしょう。
ヒアリング内容を勝手に自分の言葉でまとめない
重要なのは、最初からブランドキーワードを決めないことです。
「革新的」「信頼」「親しみやすい」「挑戦的」といった言葉は、どの企業にも使えます。早い段階でこれらの言葉を決めてしまうと、その言葉に合う情報ばかりを集めてしまうからです。
まず事実を集める。次に意味を見つける。この順番を守ります。
これはデザイン全般に通じる重要な考え方です。問題を決めつける前に幅広く調べ、その情報から課題を定義し、その後に解決策を開発する。この順序によって、「最初に思いついた問題を、そのまま解決してしまう」という失敗を避けられます。
また、情報を集めるときには「矛盾」を歓迎してください。
経営者は「保守的な企業ではない」と考えているのに、顧客は「堅実で安心できる会社」と認識しているかもしれません。社員は「自由な社風」と感じているのに、外部からは「歴史の長い保守的な会社」と見られているかもしれません。
これは失敗ではありません。ブランド課題がそこに存在している可能性があります。
ヒアリングでは「言葉」より「出来事」を聞く
ブランドを理解するとき、企業理念や社長のメッセージだけを集めても十分ではありません。
むしろ、会社らしさが最もよく表れるのは、「具体的な出来事」です。
「納期が厳しい案件でも最後まで対応した」「顧客から無理な相談を受けても断らずに方法を考えた」「社員の提案から新しい事業が生まれた」といった出来事には、その企業が実際にどのような判断をしてきたのかが表れています。
言葉は後からいくらでもつくれます。しかし、過去の行動は簡単には変えられません。だからこそ、ブランドの根拠を探すときには、企業が実際に何をしてきたのかを見ることが重要です。
檸檬デザイン事務所の視点
最初から「正しいブランド像」を探さない。
経営と現場、現在と未来、企業側と顧客側の認識が違っていても構いません。
むしろ、その違いを残したまま材料を集めることで、本当に解決すべきブランド課題が見えてきます。
STEP 3|集めた情報をブランドの判断軸に変える
STEP 2で集めたのは、企業理念や社員の意見そのものではなく、企業が実際に経験してきた具体的な出来事です。
ここから社内デザイナーの専門性が大きく問われます。
なぜなら、出来事を集めただけでは、まだブランドの方向性は見えてこないからです。
重要なのは、それぞれの出来事を個別のエピソードとして眺めるのではなく、複数の出来事に共通している判断や行動を読み取ることです。
たとえば、「納期が厳しい案件でも最後まで対応した」「顧客から無理な相談を受けても断らずに方法を考えた」「トラブルが起きたときに担当者だけで抱え込まず、社内の別部署まで巻き込んで解決した」という出来事が集まったとします。
これらは一見すると別々の話です。しかし、共通しているのは「難しい状況でも簡単に断らず、方法を考えて最後まで対応する」という判断や行動かもしれません。
このように具体的な出来事を横並びにしていくと、企業がこれまで何を大切にして判断してきたのか、その傾向が見えてきます。
つまり、ここで探すのは「社員がどんな言葉を好んでいるか」ではありません。企業が実際の仕事の中で、どのような判断を繰り返してきたのかです。
最後まで対応した
方法を考える
伴走する
対応力でつくる
ここで一つ注意したいのは、出来事の数や意見の多さだけでブランドを決めないことです。
たとえば、社員50人のうち40人が「親しみやすいブランドがいい」と答えたとしても、それだけで「親しみやすさ」をブランドの最優先事項にする必要はありません。
企業には経営上の目的があります。市場でのポジションもあります。顧客が期待している価値もあります。そして、これから伸ばしたい事業や、変えていきたい企業像もあります。
したがって、判断するときには「何人がそう言ったか」だけではなく、その意見や出来事が企業の目的、顧客価値、競争環境、未来の方向性とどうつながっているかを見る必要があります。
特にブランドリニューアルでは、「今まで良かったもの」と「これから変えるべきもの」を分けて考えることが重要です。
たとえば、長年顧客から評価されてきた対応力は残したい。一方で、現在の企業イメージが古く、新しい事業や若い顧客層には届きにくい。この場合、必要なのは「すべてを新しくすること」ではありません。
何を残し、何を変え、何を新しくつくるのか。
この3つを整理すると、ブランドリニューアルで守るべきものと、変えるべきものの境界が見えてきます。
例:最後まで対応する姿勢
例:技術力が伝わりにくい表現
例:若い顧客にも届く表現
檸檬デザイン事務所の視点
キーワード作りに熱中しない。「その会社らしい行動」を探す。
誠実」「挑戦」「信頼」は、多くの企業が使える言葉です。だからこそ、その会社では実際にどのような行動として現れているのかを見る。 そこに、デザインへ変換する価値があります。
STEP 4|判断軸をCI・VIのコンセプトへ変換する
ここまで来て、ようやくデザインの入口に立ちました。ただし、ここでもいきなりロゴを描き始めるのではありません。整理された企業情報を、「デザインが答えるべき問い」に変換します。
たとえば、「技術力が強い」「顧客との距離が近い」「今後は若い市場へ進出したい」という情報があるとします。これをそのままロゴに入れようとすると、「技術的で、親しみやすく、若々しいロゴ」という全部盛りになりがちです。
しかし、ブランドコンセプトは情報の一覧ではありません。複数の情報を一つの方向へ束ねるためのものです。
ここでは、
事実 → ブランド課題 → ブランドの方向性 → デザイン原則
という順番で変換します。
このデザイン原則まで落とせると、デザイナーは造形を考えやすくなり、実際のアウトプットで「無駄打ち」を減らすことができます。逆に、「革新的」「信頼」「親しみやすい」といったキーワードだけを渡されても、デザイナーは何をどう表現すればいいのか判断できません。
「革新的だから斜めの線にする」のか、「革新的だから既存のロゴを大きく変える」のか、「革新的だからむしろ余白のある静かなデザインにする」のか。どれも成立してしまうからです。
だから、社内で決めるべきなのは具体的な造形ではなく、デザインが実現すべき状態です。デザイン案の自由度を残しながら、判断の方向だけを明確にする。このバランスが重要です。ここで作成するブリーフには、最低限次の6項目を入れておくとよいでしょう。
この6項目は、単なる資料の目次ではありません。デザイナーと社内の間で、「何を根拠にデザインするのか」を共有するための共通言語です。
そして、ここまで整理できたら、初めて複数のデザイン案を検討します。
問題を定義する前に解決策をつくるのではなく、課題が明確になった後に複数の可能性を開く。この「広げてから絞る」という考え方は、ブランド開発に限らず、国際的なデザイン実務で広く使われている基本構造です。
檸檬デザイン事務所の視点
デザイン原則は、デザイナーを縛る資料ではなく、デザイナーを自由にする
「青にしてほしい」「シンプルにしてほしい」という造形指示を減らし、その代わり「何を実現するのか」を明確にする。 デザイン原則を確定させると、社内メンバーとデザイナーはいつでもこの原則に立ち返ることができます。ただし、「デザイン原則がどれだけ重要か」という点は関係者に必ず話すべきです。 「あの時はこういったけど...」という手戻りが起きないよう、このタイミングで関係者をグリップすべきです。
STEP 5|デザインレビューを「好き嫌い」から切り離す
デザイン案が出てくると、社内の合意形成は最も難しい段階に入ります。
多くの人の意見がABC案それぞれに分かれた状態になると、デザイナーは非常に困ります。なぜなら、どの意見も否定できないからです。デザインには個人の感覚が関わります。したがって、「好き嫌いをなくす」ことはできません。目指すべきなのは、好き嫌いだけで意思決定しない状態です。
そのために、デザイン案を提示する前に評価基準を決めておきます。
もちろん、すべての企業で同じ評価項目を使う必要はありません。
重要なのは、今回のCI・VIでは何を優先するのかを、デザインを見る前に決めておくことです。
たとえば「既存顧客からの信頼を守りながら若い市場へ進出する」というブランド課題なら、「若々しいから良い」だけでは不十分です。既存の信頼を損なわずに新しい印象をつくれているかを見る必要があります。
ここで「A案のほうが好き」という意見が出たら、その感想を否定する必要はありません。
A案のどこが好きなのか
なぜA案は今回のブランド課題にフィットするのか
A案その特徴は顧客にどう伝わるのか
A案は制作前に決めた判断軸と一致しているか
と、感想を判断理由へ変換していきます。
するとレビューは、好き/嫌いから離れ、「A案とB案のどちらが好きか」から、「今回のブランド課題に対して、どちらが適切か」という議論へ変わります。
これはデザインを客観化するという意味ではありません。デザインに対する主観を、ブランドの文脈へ戻すということです。
また、レビューを一度だけの大きなプレゼンにしないことも重要です。
初期段階では、完成度の低いラフでも構いません。方向性を早い段階で共有し、違和感があれば早めに発見する。ある程度方向性が固まってから造形を磨き、最後に細部を決定する。このほうが、大きな手戻りを避けやすくなります。
デザイン実務では、つくって終わりではなく、小さく試し、反応を見て、改善する反復が重視されます。これはCI・VIでも同じで、初期のコンセプト段階から関係者の反応を確認し、完成度を上げながら判断を収束させるほうがリスクを抑えられます。
檸檬デザイン事務所の視点
各案の「デザインの特徴」ではなく、「ポジショニング」を説明する
檸檬デザイン事務所でも、デザイン案を提示した際は、議論の意識を「デザインの特徴」ではなく「ポジショニング」に持っていきます。
画像は株式会社ゼウスの提案時のプロットですが、この際もそのデザインが事業そのものを体現しているか、これまでのストーリーに寄せたものなのかを話し合いました。
翻って、社内での合意形成は、投票性でなく「なぜそう思うのか」を言語化できる状態をつくることを意識します。
意図を聞き、感想を否定せず、その感想をブランドの判断基準へ戻していく。それがデザイナーの役割です。
STEP 6|決定したCI・VIを組織に実装する
ロゴが完成したら、プロジェクト自体は終了です。
しかし、これはCI・VIではありません。むしろ、ロゴが完成したところからブランド運用が始まります。
新しいロゴを社内に配布しただけでは、社員がブランドを理解したことにはなりません。部署ごとに違うロゴを使い始めたり、以前の資料をそのまま使い続けたり、新しいブランドコンセプトを誰も説明できなかったりすることもあります。
CI・VIを組織に定着させるためには、「何を変えたのか」「なぜ変えたのか」「これから何を大切にするのか」「日々の仕事でどう使うのか」まで共有する必要があります。
ここでは、会社の規模に応じて方法を変えます。
社員10人程度の場合・・・全社員を集めてブランドの背景を説明する
社員100人規模の場合・・・部署ごとの説明会やブランドガイドを用意する。デザインの背景は、制作に関わっていない人にも伝播させるくらい相応の熱量を持って説明する。ブランドガイドは、営業資料や設計書へのロゴ配置など今後の運用を完全にイメージできるように教育する
社員100人を超える場合・・・社内ポータル、研修、ブランドアンバサダー、定期的なワークショップなどあらゆるチャネルを組み合わせる
重要なのは、施策の豪華さではありません。
新しいCI・VIが、社員の日々の判断と行動に接続しているか。
そこを見るべきです。
たとえば「顧客に寄り添う」というブランド価値を掲げたなら、営業資料のデザインだけを変えても意味がありません。営業プロセス、問い合わせへの対応、サービスの設計、社内での意思決定など、実際の仕事とブランド価値がつながって初めてブランドとして機能します。
CI・VIは視覚表現ですが、ブランドそのものは視覚だけではありません。
ブランド変革を定着させるには、社員が変化を理解するだけでなく、その変化を自分たちの仕事の中で使える状態にする必要があります。継続的なコミュニケーション、異なる部門の協働、リリース後の運用まで含めて考えることが、ブランドを一時的なキャンペーンではなく組織の仕組みにするポイントです。
実際のブランド再構築でも、ブランドコンセプトを言語化するだけで終わらず、ワークショップなどを通じて社員の共通言語に変えていく進め方が採用されています。双日テックイノベーションでは、各事業本部が企業理念を異なる視点で捉えていたことを確認したうえで、ビジョン・ミッション・提供価値について議論し、会社としての共通見解を整理しています。その後、ブランドコンセプトを社内に浸透させるワークショップまで行っています。
ここで重要なのは、ロゴだけを変更したのではないことです。
企業のコアを言葉にする。その意味を社員が理解している。それらを視覚化したデザインが、日々の仕事へ生かされている。
CI・VIを組織に定着させるとは、こういう状態をつくることです。
檸檬デザイン事務所の視点
CI・VIは「完成品」ではなく、組織が使い続ける「装置」
ロゴデータを配布するだけではなく、「このブランドは何を大切にするのか」を社員が理解し、
日々の仕事で使える状態までつくる。社内デザイナーだからこそ、その後の運用まで設計できます。
そして、しばらくしてルールを守れていないデザインがあれば、逐一是正しましょう。「注意するのは気まずいな」という臆病な感情は排除しましょう。ここまで完璧に構築した自分達のデザインを、なんの気なしに崩してはいけません。
ブランドケーススタディ|合意形成は「全員一致」ではない
ここまでの6つのステップは、社内デザイナーがCI・VIを進めるための基本的な流れです。
ただし、実際のブランドプロジェクトでは、最初から全員の意見が一致しているわけではありません。むしろ、複数の部門や異なる価値観を持つ社員がいる企業ほど、認識の違いが存在します。
そこで重要になるのが、意見の違いを消すのではなく、上位概念へ整理することです。
(1)ケース1|双日テックイノベーション(日本)
Source: www.sojitz-ti.com
設立
1969年
業種
IT・情報通信
ブランドの概要
双日テックイノベーションは、ネットワーク・ITインフラの構築からシステム開発、運用・保守、DX支援まで手がけるIT企業です。1969年に設立され、2024年に「日商エレクトロニクス」から現在の社名へ変更しました。
社名変更にあわせて理念体系を策定し、「STech I(エス・テック・アイ)」というブランドシンボルも発表しています。単に社名やロゴを変更するのではなく、これまで培ってきたITの専門性をもとに、これからどのような企業として認識されたいのかを整理し、ブランドの方向性へつなげている点が特徴です。
リブランディングの特徴
双日テックイノベーションでは、社名変更を契機にブランドを再構築する際、複数の事業本部に存在する価値観や方向性の違いを整理しました。
各事業本部が企業理念をそれぞれ異なる視点で捉えていることを確認し、ワークショップやディスカッションを通じて、ビジョン、ミッション、提供価値について議論しています。人によって言葉に込めたい意味が異なることも明らかになり、そこから会社として打ち出したい内容と使うべき言葉を整理し、共通見解をまとめていきました。さらに、ブランドの核となる提供価値を考えるため、「過去」「現在」「未来」という時間軸でターニングポイントを振り返り、ビジネス環境、ターゲット、主要事業、提供価値、強みなどを整理しています。
檸檬デザイン事務所の視点
共通のフレームを使用し、意見を比較する
社員に「あなたはどんなブランドにしたいですか?」と聞くだけでは、意見はばらばらになります。 しかし、「これまで何をしてきたのか」「現在、何が強みなのか」 「これから何を目指すのか」という共通のフレームで考えれば、異なる意見を比較できるようになります。 そして、意見の違いをそのまま多数決にするのではなく、「 この会社にとって普遍的な価値は何か」という上位の問いへ引き上げることが、合意形成の本質です。
(2)ケース2|American Institute of Architects(米国建築家協会(AIA))(アメリカ)
Source : AIA.org
設立
1857年
業種
建築・専門職団体
ブランドの概要
American Institute of Architects(AIA)は、アメリカの建築家や建築・デザイン分野の専門家を会員とする専門職団体です。1857年、ニューヨークで13人の建築家によって設立され、現在では10万人を超える会員を持つ組織へと発展しています。
AIAは建築家の専門性を支えるだけでなく、教育、研究、政策提言などを通じて建築の社会的な役割を広げてきました。ブランドを考えるうえでも、単に「建築」を表現するのではなく、専門家のネットワークとして何を社会に提供するのか、建築という職能をどう位置づけるのかまで含めて考える必要がある組織です。
リブランディングの特徴
米国建築家協会(AIA)のブランド再構築では、内部と外部の対象者を調査し、競合をベンチマークし、組織が直面する課題を検討したうえで、新しいブランドアイデンティティを開発しています。つまり、いきなりロゴの形を考えたのではありません。
組織が置かれている環境、内部の認識、外部からの見られ方、競合との関係を理解したうえで、「これからのAIAをどう表現するか」を考えています。さらに経営トップや組織のリーダーと密接に連携し、ブランドアイデンティティだけでなく、Webや印刷物を含むコミュニケーション全体へ展開しています。
ロゴはブランドのすべてではありません。ブランドを組織や顧客との接点で一貫して体験させるための、視覚的な基盤の一つです。
檸檬デザイン事務所の視点
競合調査をしないと、車輪の再発明で終わる
ここから学べるのは、ロゴ単体ではなく、ブランドが使われる環境全体を見てデザインすることです。
その場合、競合調査を怠ると、実際に完成したアウトプットが、競合と似通ってしまうことがあります。つまり自らの業界をゼロベースで考え直し、同義反復で同じものを作り上げたのに過ぎなくなってしまうのです。これではせっかく熟慮して完成させても徒労に終わってしまうのです。
社内デザイナーの場合も同じです。ロゴだけを見て「良いデザインか」を判断するのではなく、
Webサイト、営業資料、採用資料、名刺、プレゼンテーション、SNSなど、実際にブランドが現れる場所を想定し、それが国内国外も含めた競合との差別化ができているかどうかを判断しなければなりません。
2つの事例から分かること
双日テックイノベーションとAIAは、企業規模も業界も異なります。しかし、CI・VIを考えるうえで「調査する。整理する。課題を定義する。共通認識をつくる。そのうえでデザインする。そして、組織や顧客との接点へ展開する。」という点は共通します。
社員10人の会社でも、上場企業でも、本質は変わりません。規模によって調査量や参加人数は変わっても、デザインより前に判断軸をつくるという考え方は共通しています。
Designer Insight|社内デザイナーは「絵を描く人」ではなく「判断を設計する人」
社内でCI・VIを担当すると、どうしても「ロゴをつくる人」として見られます。しかし、実際にプロジェクトの成否を左右するのは、Illustratorを操作する時間だけではありません。
経営者の発言、社員の声、顧客の評価、競合との差、企業の歴史、これからの事業。その大量の情報から、何がブランドにとって重要なのかを整理し、デザインで解決すべき課題を定義する。さらに、デザイン案が出てきた後は、その案を何を基準に評価するのかを社内へ戻していく。
つまり社内デザイナーは、「情報をデザインへ変換する人」であると同時に、「判断を設計する人」です(冒頭で役割を決める際、担当が分岐する場合もあります)。そして、この役割は社内デザイナーならではの強みを持っています。事業のことを継続的に理解できる。社員の変化を長期的に観察できる。顧客との接点を知っている。ブランドが完成した後も運用に関われる。
一方で、社内にいるからこそ「これまでこうだったのに…」という前例踏襲主義の既存常識に引っ張られやすいという弱点もあります。
だからこそ、社内デザイナーには二つの視点が必要です。
企業の中にいる視点と、企業を外から見る視点。
社内の事情を理解しながら、それを当然のものとして受け入れず、「顧客から見たらどうか」「競合と比較したらどうか」「5年後にも必要なのか」と問い直す。この視点を持てると、デザイナーの仕事は「依頼されたロゴをつくること」から、「企業が自分たちのブランドを正しく判断できる状態をつくること」へ変わります。
よくある質問
Q1. 社員全員にアンケートを取る必要がありますか?
いいえ、必須ではありません。企業規模や組織構造によっては、全社員アンケートより、経営、営業、現場、人事など異なる立場の人に丁寧なインタビューを行ったほうが情報の質が高くなる場合もあります。重要なのは人数ではなく、企業を異なる角度から見ることです。
Q2. 社員にロゴ案を投票してもらってはいけませんか?
投票を最終決定の手段として活用しないでください。参考意見として利用することはできます。ロゴは社員の好みだけではなく、ブランド戦略、顧客、競合、事業の将来性などを含めて判断する必要があるためです。
Q3. 経営者と社員の意見が大きく違う場合はどうすればよいですか?
まず、どちらが正しいかを決めるのではなく、「なぜ違うのか」を確認しましょう。経営者は未来を見ていて、社員は現在の顧客や現場を見ているなど、見ている対象や時間軸が違う可能性があります。その違いを整理したうえで、企業として何を優先するのかを決めます。
Q4. 社内デザイナーだけでブランドコンセプトまで決めるべきですか?
いいえ、デザイナーだけで決める必要はありません。企業として何を大切にするのか、何を変えたいのかという材料を社内で整理し、その材料をもとにデザイナーがコンセプトへ変換する方法もあります。特に経営戦略そのものに関わる場合は、経営層とデザイナーが一緒に定義するほうが適切です。「デザイナーとして良いものをつくる!」という矜持を持つのではなく、むしろ必要なのは「経営層や各部署の意見をファシリテートしていこう」という気構えです。
Q5. 外部のデザイン会社を入れる意味はありますか?
はい、あります。社内デザイナーは企業理解という点で強い一方、既存の常識や社内事情に影響されやすいという弱点があります。檸檬デザイン事務所はデザインの力を信じていますが、一方で多くの企業の売上の根幹がデザインだけで成り立っているとは思っていないですし、同様にデザイナーの社内ヒエラルキーは決して強くない立場にあることの方が多いことを理解しています。デザイナーやブランドコンサルタントは、第三者として情報を整理し、社内では見えにくい課題を発見できる可能性があります。
重要なのは、外部に任せること自体ではありません。社内だけでは見えにくいものを、別の視点から検証できる状態をつくることです。
まとめ|ロゴをつくる前に、判断できる組織をつくる
社内デザイナーがCI・VIを進めるとき、最初に必要なのはデザイン案ではありません。まず必要なのは、企業として何を大切にし、何を残し、何を変えるのかを判断できる状態をつくることです。
そのためには、まず誰が最終的に判断するのかを明確にし、経営・事業・顧客・社員それぞれの視点から企業の情報を集めます。ここで重要なのは、理念や印象的な言葉だけでなく、顧客対応や仕事の進め方、過去の意思決定など、実際に起きた具体的な事実を見ることです。
集めた事実から、企業が繰り返してきた判断や行動を読み取り、そこから企業らしさとブランドの判断軸を整理します。そのうえで、残すもの、変えるもの、これからつくるものを明確にし、CI・VIが解決すべきブランド課題とデザインの方向性へ落とし込みます。
デザイナーの役割は、社内の意見を一つにまとめることではありません。異なる意見の背景を整理し、個々の好みや立場を超えて、企業として何を優先するのかという判断に変換することです。
そして、デザイン案ができた後も、評価を「好きか嫌いか」に戻さないことが重要です。制作前に設定したブランドの判断軸に照らし、ブランドとの整合性、顧客との関係、競合との差別化、今後の事業展開などの観点から評価します。CI・VIは、ロゴをつくって終わるものでもありません。決定したブランドの考え方を、社内の判断や顧客との接点、Web、営業資料、製品、空間などに継続して反映させることで、企業の共通認識として定着していきます。
つまり、CI・VIのプロセスは、事実を集める → 判断軸をつくる → デザインへ変換する → 判断軸に基づいて評価する → 社内外で運用するという一連の経営・デザインプロセスです。
まだ判断できないことがあるなら、無理にデザインを始める必要はありません。答えが出ていない部分こそ、CI・VIをつくる前に整理すべき企業側の課題です。
ロゴは「好き・嫌い」ではなく、
ブランドの目的から設計しませんか?
企業ロゴは、完成したデザインだけを評価しても、本当に良い判断はできません。ブランドの目的や事業戦略を整理し、「どのようなロゴが企業の価値を最も伝えられるか」という判断基準を設計することが、長く使えるブランドづくりにつながります。
檸檬デザイン事務所では、ロゴ制作だけではなく、ブランドの目的整理からコンセプト設計、評価基準の言語化まで一貫してサポートしています。新規制作はもちろん、既存ロゴの見直しやリブランディングについてもお気軽にご相談ください。
参考資料・出典
・Design Council|The Double Diamond / Framework for Innovation
・Wolff Olins|The people behind the pivot: Engagement within brand transformation
・双日テックイノベーション公式サイト
・AIA.ORG